少し遠出して軍需工場跡の記念館と慰霊塔を見に行きました

知人の誘いで隣の市まで電車で行ってきました。一人だと電車は油汗ものなのですが、知人が一緒で快適でした。

見に行ったのは戦時中に建てられた兵器工場跡と、そこで空襲に遭った人たちの慰霊塔です。隣の市にそんなものがあった事すら知らなかったのが少し恥ずかしく思われました。

展示されていたものは当時の写真や工場で働いていた人たちの遺品などでした。学徒動員で働いていた人も多かったようで、制服姿の写真も多数ありました。

その中でも目を引かれたのが遺書でした。兵器工場で働く事自体が敵に狙われるという事を自覚していたのでしょう。そんな覚悟で働いていたなんて想像も出来ない事でした。

当時のアメリカの情報収集力は圧倒的で、日本における工場の位置や生産能力などはほぼ知られていたようです。真珠湾攻撃ですら傍受されていたのですから当たり前の事なのでしょうが、そんな状況で必死に働いていた人たちの事を思うと無念で仕方がありませんでした。

航空写真で見ると工場の敷地はかなり広いもので、当時はアジアで最大の規模だったそうです。

材料も不足していたというのに無謀とも言える工場建設もさることながら、そこまでして戦争で勝利する意味があったのでしょうか。そんな問いかけをされているようで展示品を見ているうちになんとも言えない悲しみを覚えました。

記念館は戦争の悲惨さを忘れぬよう伝えていくために作られたものですから、当然の想いだとも言えるのかもしれません。こんな平和な世の中で暮らしていると海外では未だ戦争が行われていてもほとんど無頓着になってしまっています。

慰霊塔を見て平和について考える

建物から少し離れたところに慰霊塔が建てられていました。工場で空襲に遭い無くなられた人の為に作られたものですが、空襲での被害者は2,500人にも上りその中には400人近い学徒動員の生徒が含まれていたようです。

慰霊塔には戦没者2,500人の名前が彫られており、学徒動員で亡くなられた人は在籍していた学校の名前も彫られていました。私も知る学校名がいくつもあり、もし自分自身に同じことが起きていたらと思うと恐怖感を覚えざるを得ませんでした。

慰霊塔のある市では戦争の悲惨さを伝えるために、戦争経験者が戦時中の出来事を語る集いを催しているそうです。市内にある高校がそれを主催・運営をしているそうなのですが、素晴らしい事だと思います。

被害者の視線からだけ戦争を見るのでは足りない部分もありますが、悲惨な出来事だという点では被害者目線が妥当だと思われます。

日本が行った事は非難されるべきことですが、戦争の悲惨さを知る国として平和を呼びかける事は間違ってはいないはずです。

太平洋戦争を体験せずとも、現状行われている紛争の悲惨さや無意味さを認識する事は可能です。他人事と思わずに平和を守っていく心を忘れないようにしたいと思います。